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Webサイトはこうして作られてきた。HTML手打ちからCMS・WordPress・ヘッドレスCMS、そしてAIネイティブまでの30年

白濱良太白濱良太
Webサイトの作り方の変遷を4段階で示した年表。1996年=手書きのHTML(FTPで送る)、2003年=CMS(管理画面から更新)、2010年代=ヘッドレスCMS(中身と見た目を分ける)、そして朱色で示したいま=AIネイティブ(対話して運用する)

「そろそろ、サイトを作り直したほうがいいのだろうか」。ご相談をいただくとき、多くの方がこの迷いを抱えています。

この判断は、いま出ている選択肢を並べて比べるだけでは、なかなか決まりません。WordPress、ノーコード、ヘッドレスCMS。どれも「良さそう」に見えるからです。

判断がしやすくなるのは、それぞれが「どんな不便を解くために生まれたのか」を知ったときです。

Webサイトの作り方は、30年のあいだに何度か作り直されてきました。そのたびに、必ず理由がありました。ここでは、その流れをたどります。いま自社のサイトがどの時代の土台に乗っているのか、そして次にどこへ足を置くのかを考える材料になるはずです。

私は、この30年をひととおり通ってきました。検索という言葉すらなかった頃にユーザーとして触れ、HTMLを独学し、自作のツールでページを量産し、Movable TypeからWordPress、ノーコードまで、その時々の主役を仕事で使ってきました。

この記事では、本文で業界の歴史をたどり、朱の縦罫を引いた部分に私自身の記録を置きます。どこまでが調べればわかる事実で、どこからが私ひとりの体験なのか。読んでいて取り違えないよう、声を分けておきます。

1996年、Webは「作れる人」だけのものだった

日本でWebが一般に開かれていく起点は、1996年4月に始まったYahoo! JAPANです。ただし、当初はいまのような検索窓が主役ではありませんでした。人の手で分類されたカテゴリを、上から順にたどっていく。ディレクトリ型と呼ばれる形です。「探す」という行為が、はじめて仕組みとして用意された瞬間でした。

翌97年にはジオシティーズのように、個人でも手軽にページを公開できるサービスが現れます。プロバイダが提供するレンタルサーバーも広がり、それまで研究機関や一部の企業のものだったWebが、多くの人の手に渡っていきました。

そこから先は、目に見えて速く変わっていきます。1999年9月にはYahoo!オークションが始まりました。個人が、Webを通じて見知らぬ相手と取引をする。検索も、カテゴリをたどる形からキーワードを打ち込む形へ移っていきます。

ただし、当時サイトを持つということは、HTMLというファイルを自分で書くということでした。文章を1行直すにも、タグの構造を壊さないように編集し、FTPというソフトでサーバーに送り直す。これが唯一の更新方法です。

更新のたびに、人を呼んでいた時代

この方式には、はっきりした構造上の問題がありました。Webサイトの持ち主と、Webサイトを直せる人が、別々だったことです。

「トップページのこの一文を変えたい」。そう思っても、担当者自身は手を出せません。制作会社やエンジニアに依頼し、修正が上がるのを待ち、意図どおりに反映されたかを確認する。たった一文のために、この往復が発生していました。

つまり、当時の課題は技術の不足ではなく、「中身を直したいだけなのに、毎回、人を経由しなければならない」という構造そのものにありました。

同じころ、Webサイトの数は爆発的に増えていきます。検索エンジンが普及したことで、コンテンツは「持っているだけのもの」から「読まれて評価されるもの」に変わりました。更新の頻度と量が、そのまま成果に効いてくる。にもかかわらず、更新のたびに人を待つ。ここに、はっきりとした無理が生まれていました。

CMSという発明。「管理画面から直せる」ようになった

その無理を解いたのが、CMS(コンテンツ・マネジメント・システム)です。専用の管理画面から、テキストや画像を編集できる仕組みが登場しました。

CMSがしたことを一言でいえば、原稿と印刷を分けたことです。それまでは、文章を直すことと、ページを組み直すことが一体でした。CMSは「文章を書く場所」と「ページとして組み上げる仕組み」を分け、書く側は書くことだけに集中できるようにしました。

CMS自体は1995年ごろから存在していましたが、大きな転機になったのは2001年のMovable TypeとDrupal、そして2003年に登場したWordPressです。とくにWordPressは特定の業種に絞らない汎用的な設計で、企業サイトにも個人ブログにも使えました。

この時点で、更新の主導権が、作る側から持ち主の側に移りました。これは大きな前進です。

WordPressが、世界のWebの4割を占めるまで

そこから20年あまり。WordPressは、Webの標準といっていい位置まで広がりました。

どこまで広がったかは、数字にも出ています。ここでは推移で見ます。

全Webサイトに占める割合(2024年6月)
43.4%
同(2026年8月)
41.1%
そもそもCMSを使っていないサイトの割合(2026年8月)
30.4%

出典:W3Techs

ひとつの仕組みが、世界のWebの4割を占める。この規模は、Webの歴史の中でほかに例がありません。ゆるやかに下がってはいるものの、いまも圧倒的な位置にあります。

ここで、WordPressがどう動いているかを見ておくと、後の話がつながります。WordPressはPHPというプログラムとデータベースの組み合わせでできています。誰かがページを開くたびに、サーバーの中でデータベースから中身を取り出し、その場でページを組み立てて返す。中身の管理と、見た目の生成を、ひとつのサーバーがまとめて引き受ける設計です。

この「まとめて引き受ける」つくりが、長所でもあり、後の制約にもなりました。

届け先が増えて、「見た目つきの中身」が重くなった

2010年代に入ると、前提が変わります。書いた中身を届ける先が、Webサイトだけではなくなったのです。スマートフォンのアプリ、SNS、動画、店頭のデジタルサイネージ。同じ情報を、いくつもの場所に出す必要が出てきました。

ここで、CMSが見た目まで抱えている構造が効いてきます。WordPressの中の中身は、WordPressのページとして表示されることを前提に整えられています。それを別の場所で使おうとすると、見た目の事情がくっついてきて、素直に取り出せない。

そこで生まれたのが、ヘッドレスCMSです。「ヘッド」とは見た目、つまり画面のこと。その見た目を持たず、中身を管理することだけに専念するCMSを指します。

中身を置く場所と、それを受け取って見た目をつくる仕組みを、別々にする。見た目のほうにはNext.jsのような表示に強い仕組みを使い、配信の基盤にはVercelのようなサービスを使う。この分業が、2010年代後半から広がっていきました。

この時点での動機は、あくまで「配信先が増えたから」でした。表示の速さや、更新の安全さも、この分業の副産物として得られるものです。

同じ時期、まったく逆の方向に進んだ流れもあります。ノーコードツールです。コードを書かずに、画面の上で組み立てて公開できる。手軽さを突き詰めた道具でした。

そして、AIネイティブなWebへ

ここに、もうひとつの変化が重なります。AIです。

ここで、ひとつの偶然が起きました。配信先を増やすために中身を構造化して貯める形にしておいたことが、そのままAIにとって扱いやすい形でもあったのです。狙ってそうしたわけではありません。別の目的で整えた構造が、後から来た技術の要件に、そのまま合っていた。技術の歴史では、ときどきこういうことが起きます。

配信先を増やすために選ばれた構造が、そのままAIと一緒に運営するための前提になった。ここが、いまの分かれ目です。

1996年の「更新のたびに人を呼ぶ」を解いたのがCMSでした。いま解こうとしているのは、その次の不便です。デザインも、文章も、実装も、更新のたびに誰かへ発注して待つ。この往復を、AIとの対話に置き換える。これがAIネイティブなWeb運営です。

30年の流れを1枚にすると、こうなります。

  1. 1996–

    Webが誰にでも開かれる

    Yahoo! JAPANが登場し、レンタルサーバーで個人もサイトを持てるように。更新はHTMLを手で書き、FTPで上げる。

  2. 2001–03

    CMSの登場

    Movable Type・Drupal(2001年)、WordPress(2003年)。管理画面から、書ける人が直接更新できるようになる。

  3. 2010s

    WordPressの時代

    プラグインで機能を足していく運用が定着。世界のWebサイトの4割超を占めるまでに広がる。

  4. 2010s後半–

    ヘッドレスCMSへ

    届け先がWeb以外にも増え、「中身」と「見た目」を切り離す形が生まれる。中身は構造化して貯める。

  5. 2020s–

    AIネイティブなWeb運営

    構造化された中身をAIが読み書きできる。作業を発注で埋めるのではなく、対話で運用する段階へ。

Webサイト制作の30年。土台は「手で書く」→「管理画面で書く」→「AIと対話して運用する」へ移ってきた

こうして並べると、AIネイティブが急に現れた流行ではないことが見えてきます。「中身を、扱いやすい形で持つ」という方向に、Webはずっと進んできました。その延長線上に、いまの選択肢があります。

ここからは私の話:30年使ってきて、たどり着いた結論

ここまでが、Webサイトの作り方がたどってきた道のりです。ここから先は歴史ではなく、その道を実際に歩いた一人の人間の結論として読んでください。

現在、私はヘッドレスCMSとNext.jsの組み合わせでサイトを組んでいます。いま読んでいただいているwebull.jpも、その構成です。

この構成に移って、ひとつ、感慨のようなものがありました。ページをあらかじめ組み立てて置いておくという方式が、いまは最初から機能として備わっているのです。20年前、手作業では追いつかず、必要に迫られて自分でプログラムを書いて用意したもの。あれが、いまは標準の部品になっている。同じ発想が、道具の側に追いついてきた感覚があります。

正直に書きます。これまでのやり方のほうが手早く済む場面は、たしかにあります。使い慣れた管理画面のほうが、目的の設定にすぐたどり着けることもある。新しい土台に移れば、覚え直すことも出てきます。

それでも、判断の軸を並べたときに、答えは変わりませんでした。日々の運用のしやすさ。頭の中にあるイメージを、そのまま形にできること。安全性。そして、更新のしやすさ。この4つで比べると、前の仕様に戻る理由が、私には見つかりません。

アドレスを一文字ずつ打ち込んでいた頃から、ひととおりの道具を使ってきました。そのすべてを踏まえて言えるのは、この4つが揃った土台に一度移ると、前の作り方には戻れなくなる、ということです。

これは、これまでの道具を否定する話ではありません。どれも、その時代の課題を確かに解いてきました。ただ、いま自分が引き受けている課題に対しては、この土台がいちばん合っている。それだけのことです。

まとめ:土台は、時代ごとに選び直されてきた

ここまでの流れを、もう一度短くまとめます。

  1. 1996年〜:HTMLを手で書き、FTPで上げる。中身を直せるのは、作れる人だけだった。
  2. 2001〜03年:CMSが登場し、管理画面から更新できるように。更新の主導権が持ち主に移った。
  3. 2010年代:WordPressが世界の4割超へ。中身と見た目を1か所で抱える設計が標準になった。
  4. 2010年代後半〜:届け先が増え、中身と見た目を切り離すヘッドレスCMSが広がる。
  5. 2020年代〜:構造化された中身をAIが扱えるようになり、対話で運用する段階に入った。

どの段階の土台にも、その時代の合理性があります。大事なのは、いま自社のサイトがどの段階の上にあり、これから何年その上で運用していくのかを知っておくことです。

30年をたどってわかるのは、どの土台も「その時代に、いちばん多く繰り返していた作業」を減らすために生まれた、ということです。だとすれば、次に選ぶ基準もそこにあります。これから自社が何度も繰り返すことになる作業は何か。それを先に見極めることが、土台選びそのものになります。

この記事は、なぜ今の形になったのかという背景の話でした。では、AIネイティブな土台に切り替えると具体的に何が変わるのか。そして、いまのWordPressをどう考えればいいのか。それぞれ、こちらでお話ししています。

自社のサイトがどの段階にあるのか。まずは現状整理から、お気軽にご相談ください